意思の楽観

秋から週1放課後に小学校に通う次女(小5)

冬休みの宿題、本人が唯一やる気になるのが書き初めとのことで、習字道具、紙を準備した。

3枚書いたところで、上手く書けないと嫌になり、自分の部屋に行ってしまった。

お昼ご飯もいらないとのこと。落ち込んでいる模様。

3年生から不登校でほぼ初めてやる書道。思い通りに書けるわけない。

と、大人の私はわかるけど、11歳の次女にはまだわからないのだろう。

何事も最初から上手くいくわけではない、だからこそ、上手くできた時はおもしろいし、楽しい。

そんな、体験を子供たちにはしてほしい。

忍耐強くとは思わないけど、おもしろい、楽しいに到達する程度のあきらめなさは持ってほしい。

その方が絶対人生楽しいから。と思ってしまうけど、親のエゴ&昭和の考えなのかもしれない。

本日は、次女が書き初めをやろうという気持ちになり、やろうという行動を起こした。

それで、十分だったはずなのに、ついつい高望みをしてしまっていた自分に気づく。

一歩づつ、焦らない。できなかったことより、できたことに目を向ける。

思えば、1年前、次女が学校に足を向けるようになるとは、想像していなかった。

長女、次女の3人で4泊5日の旅に出ることも。

子供達の変化は予測ができない。予測ができないからこそ、楽観的に考えたい。

「悲観は気分、楽観は意思」フランスの哲学者アランの言葉

来年のテーマ 「研ぎ澄ます」に「意思の楽観」を追加。