インスタで、勝手にチョイスされてきた言葉。いつの間にか、うちの子が不登校とバレている。
不登校を認めて一番泣いたのはお母さんでした。
学校への電話も仕事の調整も昼夜逆転との攻防も。誰にも見えないところでお母さんは本当にがんばってきた。
迷った日も、泣いた日も
「もう無理かもしれない」と心が折れそうになった夜もあったと思います。
それでも、子供が忘れないのは「動けた日の自分」じゃない。
子供が一生忘れないのは、「動けなかった日に変わらず支えてくれたお母さんの愛情です」
知らない人が書いた、ねぎらい、励ましの言葉に泣いた。
悲劇のヒロインぶりたくはない。
不登校は自分が蒔いた種。
自分が病まないこと、元気でいることを第一優先に、肩肘張って生きてきた。
自分にできることは、生活環境を整えることくらいと、不登校の子供たちのご飯を毎日作り続けてきた。そんな生活9年目。
もし、子供がそれを愛情と感じ、忘れずにいてくれるとしたら、報われる。それで十分。
明日からも引き続き、ご飯準備を継続しよう。私にできるのは、それくらい。