不登校とは同治で付き合う

富山県南砺市城端にある織館で朝倉圭一さんの話を聴く機会があった。

その中で出会った言葉

「同治」

対治は、問題を敵とみなし、切り離し、取り除くのに対し、

同治は、問題と共に、問題と寄り添う。宮沢賢治雨ニモマケズの詩のような在り方とのこと。

「問題」部分を「不登校」に置き換えてみる。

対治は、不登校を敵とみなし、切り離し、取り除く

同治は、不登校と共に、不登校と寄り添う。

長女が不登校になってから1年程度は、私は完全に対治のスタンスで対応をしていた。とても辛かったし、どうにもならなかった。

気力も体力も限界だった。おそらく長女も同じだったと思う。

長女の不登校から4年後には長男、その2年後には次女も不登校になった。

同治を意識していたわけではないけれど、私はいつの間にか不登校を敵とみなさなくなっていた。

不登校を当然のものとして、受け入れられるようになっていた。

それが良かったのか悪かったのかはわからないけれど、同治という言葉で表現できる対応の仕方だったのだと気づく。

そして、昨日、小4から中3まで6年間不登校だった長女(高3)は留学のためカナダに飛び立った。

不登校とは「対治ではなく同治で」これからも共に、寄り添いながら日々を送りたい。