誰のための料理をするか

Audible BUTTER 柚木麻子

今更、聴いてみた。

料理、食べることを通して、自分の適量、ちょうどいいを見つけてゆく物語。

20年間、誰かのために毎日料理を作り続ける自分にとって、容疑者の梶井に共感できる部分も多かった。

主人公の、記者が、自分のために料理を丁寧にするシーンも好きだった。

 

この本を聴き、ふと、私には、以下の思い込みがあったことに気づく。

・誰かのために料理をすることが女の幸せ。

・料理で子供を笑顔にしたい。喜ばせたいといった感情を持つのは母として当たり前。

しかし、最近、気づいたこと。

 

誰かのために料理をすることには限界がある。

もはや、子供の喜ぶ顔など眼中にない。

世間体を気にして、自分が納得できる自分でいたいためだけに料理をしている時がある。

 

時には、自分ためだけの料理を作ることも必要。

最近、朝は、自分のためだけに料理をしている。トマトとキウイを切り、蒸した豆をたっぷり乗せて、塩とオリーブオイル。

子供が全く喜ばない自己満足、謎サラダ。

本当に幸福で満たされた時間。

 

それこそ、BUTTERの主人公のように、人のための料理か、自分のための料理か、自分のちょうどいいバランスをもがきながら見つけるしかないのだろうな。

 

メンタルモンスター

出稽古先の空手道場、

何名かから、無視されるようになっていた。

理由がわからないまま、いたのだけど。

昨日、無視していたうちの一人から、はっきり言われた。

「他道場の人は並ぶ時は端っこ。

あなたが、先生から指導受けてる時間、私たちが指導を受けられないのは気になる。」

あー。反省。長らく(半年ほど)空気が読めないまま、道場の方と同じように稽古をしてしまっていたのだな。しかも、わからないことを質問したりして、出過ぎた真似をしてしまっていた。

いくら、道場の先生が快く出稽古を受け入れてくださっていたとしても、道場で習ってる方に不快な思いをさせるのはマズい。

先生が丁寧に教えてくれることが、嬉しくて、完全に調子に乗ってしまっていた。恥ずかしい。

できれば、お互い気持ちよく過ごしたい。

これからは道場の端で謙虚に、静かに、稽古に集中、そして、挨拶はしっかりと。

本当は、出稽古に来ないでほしいと言いたかったのかもしれない。

けれど、端で稽古することが許されるのであれば、引き続き出稽古を継続したい。だって、上手になりたいから。

などと、長女に話すと、

「それでも稽古に行くって、メンタルモンスターかモンスターだね。」

と笑った。

 

目の前の現実をぼやけさせるために走っていた。

なぜ走るのか?と問われた少年。

目の前のつらい現実よりも苦しいことをすることで、目の前のつらい現実がぼやけるから。と答えた。

 

10年前、自分が、必死に走っていた理由はこれだったと気づいた。

ワンオペ育児、仕事でのパワハラ。

朝4時起きで追い込んだスピードで5〜10キロ走る。

走っている時間だけでも、目の前のつらい現実がぼやける。

あの時は、そうしなければ生きていけなかったのだな。

 

今は、現実をぼやけさせないと生きていけない状態ではない。

朝は、気持ちよく2キロ走り、空手の練習。

過去の自分のようながんばりは、もうできない。

決して、過去の自分に戻りたいとは思わないけれど、

過去の必死だった自分に、今の自分は敵わないなとは思う。

 

その時々の状況・環境で自分が発揮できる力は変化するのだと思う。

その時々で、自分の力が最大限に発揮できるように日々を整えていけたらと思う。

不登校の次女、運動会へ

担任が代わったショックで、入学式以降学校に行く気力がなくなった次女。

なぜか、急に運動を見に行くとのこと。何か行けそうな気がする。とのことで。

私も一緒に、行った。

次女は、綱引きやリレーを楽しそうに観戦。担任の先生との初顔合わせ。最後には集合写真も撮影。

次女が、動き出したことは喜ばしいのだけど。運動会会場に居ること、私自身がきつかった。

きつい理由。

・知り合いに万が一会うと、会話が面倒

・今だに、輝いてるように見える子供たちが眩しい。

・単純に運動会に興味が持てない。そこに時間を割くことが苦痛。

てな理由で、次女に「脱走したくなったら、必ず誰かに言ってから脱走してね。」(4月に脱走騒動あり)

と言い残し、私自身が途中で脱走。

親としてどうか?の多少の葛藤はあったけど、仕方がない。私の限界はここまで。

運動会会場に連れて行っただけでも、私、がんばった。と自分で自分を褒めて、帰りにコンビニでご褒美の炭酸ジュース。

人から見たら、大したことないことでも、きついもんは、きつい。

そもそも、人から見たらなんて考えなくていい。

自分のありのままの感情を受け入れる。ただ、それだけ。

 

不登校の意味

A udible「海賊と呼ばれた男 百田尚樹」

明治から昭和の激動期。出光興産創業者、出光佐三の実話ベースの物語。

上、下巻あって長いので聴くことを躊躇していたけど、知人に勧められ聴いてみた。

信念、覚悟のある主人公の生きざまに感動した。何度窮地に陥っても、主人公に賛同し、応援する人達に助けられながら、窮地を乗り越える。

あまりに、マッチョな生き方、働き方、今の時代には合わないとは感じる部分もあったけれど、潔い生き方、かっこいいと思った。

下巻で、タンカー事故で、多くの店員が亡くなった。その時、主人公は、それが自分にとってどんな意味があるか考えていた。

便乗して、子供達の不登校が自分にとってどんな意味があるか考えてみた。

・マジョリティ以外の生き方を知り、経験を積むチャンス。

・強くしなやかな、レジリエンスのある心を持つための訓練

・不安と共に生きる訓練

・今、ここに集中し、充実した日常を送る、自分の機嫌を自分でとるための訓練

 

ふと、茨木のり子 の詩「苦しみの日々 哀しみの日々」を思い出す。

 

少しずつ 少しずつ深くなってゆけば

やがては解るようになるだろう

人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も

わかったとてどうなるものでもないけれど

(わからないよりはいいだろう)

 

幸い、苦労することなく、わがままに、ノーテンキに自由奔放に生きてきた自分だから、多少、苦しい経験を積むのも悪くないのかもしれない。

長男歯医者へ行く

引きこもりの長男(中3)から突然LINE

「歯、痛くはないけど見た目がやばい」

そっ、それって、神経まで虫歯がいってしまって、痛みも感じないというやつでは!?

と焦る私。

職場から、すぐに自分の行っている歯医者に電話。

「予約を取りたいけれど、引きこもりで昼夜逆転している日もある。予約しても行けない可能性がある。

髪がかなり長いので、見た目で驚かせてしまうかもしれない」

ことを伝え、予約をとった。

何とか、予約をとった日に行くことができた。歯医者から、

「浅い虫歯ばかりなので、2〜3回の治療で済みます。神経の治療は要りません。」

ほっとする私。

長男「歯磨きしてなかったから、やばいことになっとると思っとった。」

私「そうやよね。浅い虫歯で済んどるが奇跡だね」

長男「ゆうて、歯磨きしていない期間そんなに長くないから」

私「えっ、どれくらい歯磨きしてなかったっけ?」

長男「5年くらい」

私「5年は、短くないね!人生の3分の1歯磨きしてない!」

と2人で大笑い。

歯磨きしてなくたって、学校での歯の定期検診を受けられなくたって、

何とか、元気に笑顔で過ごせている日々に感謝。

成果が出なくたって

空手の形の練習が3000回を超えた。

以前よりはましな形ができるようになったかもしれない。と迎えた県大会。

結果は、昨年以下。

以前、勝ってた方にも負けた。

自分で上手になった手応えもあまりなかった。

演武後、

「決めの前に次の動作に移っている。」

「手と足が同時に決まっておらず、手の決めの後に下半身が沈み込んでいる」

「目線が定まっていない」

など、見ていた先生方からアドバイス。

ありがたい。

自分の課題を見つけるために大会に出たのだ。

色々な先生方に見てもらって、アドバイスをいただける貴重な機会。

まだまだ伸びしろがある。

と自分に言いきかせる。

成果が、出なくたって自分の納得できる形がいつかできるようになりたい。

シンプルにそれだけ。

また、今日から練習に励みます。