昭和のおじさま達に支えられてきた富山だけれど

一昨日から、雪。

昨日の朝、路面は圧雪でツルツル。

あー。圧雪での運転、苦手だ。

朝1時間休暇をとって、圧雪が緩んでから行きたい。

と思ったけれど、私の職場は、ほぼ全員、会社のOB。60才以上。

私なりに空気を読んだところ、休暇をとるわけにはいかないと判断。

 

富山では、雪の日は、早起きして雪かきして、いつもより早めに家を出て時間通りに職場に着くのが暗黙ルール。

 

案の定、職場に時間通りに着くと、おじさま達は到着済み。

早めに家を出たら、いつもより早く着いたと口々に言っている。

 

こんな、真面目なおじさま達に、富山は支えられてきたのだろうな。

口が裂けても、休暇を取ろうと思ってただなんて言えない。

とは言え、その昭和の価値観が、現在、大事かどうかは別問題。

「圧雪で、事故が不安なので、いつもより1時間遅れて行きます。」

が気軽に言えるくらいの柔軟な雰囲気があってもいいのになとも思う。

せめて、雪で遅刻する若者がいたとしても、批判しない自分ではいたいと思う。

タフでドライな禅僧のように。

職場の上司と合わない。

たった、それだけのことなのに、職場に行くことが嫌だ。

月曜日がつらい。

上司は、自分の思い通りの行動を取らない私のことが嫌いなのだろう。

挨拶をしても、話しかけても雑な対応をされる。

雑な対応をされると心がすり減る。

私は、自分で自分を丁寧に扱うように心がけているので、雑に扱われることはつらい。

そんな時に私を励ましてくれるAudible

「凛と生きるための禅メンタル 枡野 俊明」

僧侶の枡野さんの本は、いくつか読んだことがあるけど、この本が今の自分にしっくりきた。

今の自分に響いた言葉

・自分の人生に集中する覚悟を持つ。

・徹底的に自分に集中する。

・向き合う価値のないものに乱されない。反応しない。

・あふれるノイズを受け流す。

・受け流し、軽やかに、自分に舞い戻る。

・心のメタボを削ぎ落とす。

・世の中は、向き合う価値のないものに溢れている。

 向き合う価値のないものを自分の中に取り込まない。

 

禅僧のタフでドライな精神を持つ自分をイメージする。

あっさりと、穏やかに、ご機嫌に。私は私。

合わない上司に、反応しない、乱されない。

そのための修行なのだな。と、思うことにしよう。

「それでもなお」の人達

年明けから、身近な方が病気や怪我を患った。

1人は私が伴走をしている視覚障害のランナー:病気の手術のため1週間入院。

1人は憧れの空手家:怪我の手術後、空手ができるようになるまで半年程度。

いずれも、私が経験したことのない病気、怪我。

ありがたいことに、私は大きい病気・怪我をしたことがない。

入院したのは、出産の時くらい。人生で一番体調が一番悪かったのも、つわり。

なので、病気、怪我の苦しみは想像することくらいしかできないのだけど。

そして、自分が病気・怪我をした場面を想像してみると、周囲に暗いオーラと不機嫌を撒き散らし、

悲劇のヒロインのような態度をとってしまう姿が容易に想像できるのだけど。

 

その2人は私とは違う。

視覚障害ランナー

「今年は5時間30分目指すよ。早く一緒に走りたいな。手術がんばるね。」

空手家

「世界大会に出られるよう、左足(怪我した足)以外を鍛えます。」

病気、怪我をしてもあきらめない人達。

人は、こんなにも前向きに強くなれるものなのか。

逆境でありながら、暗くない。

「それでもなお」の人達から、私は勇気をもらう。

 

教養をあきらめたくない

私は、教養がない自信がある。

古典や名作と言われるもは一部しか読んだことがないし、歴史も知らない。

教養に憧れて、古典を読もうとしたこともあったけど何度も挫折してきた。

でも、やっぱり、教養をあきらめたくない。

 

なぜ、あきらめたくないのか?

もったいない気がする。

色々なことを知った方が面白いような気がする。

教養があれば、日々の味方が変わってくるのではないかという好奇心。

より深く物事を観察できるようになるのではないかという期待。

 

Audible「50歳から何を学ぶか 池上彰」を聴いた。

わかりやすく、実践できそうなことが書かれていた(本屋へ行って自分の分野から一番遠い分野の本を選び読んでみる。聖書を読む。など)。

ことに加え、一番、刺激を受けたのは、池上彰氏の衰え知らずの好奇心。70代にも関わらず、好奇心旺盛。新しいことにチャレンジする姿勢が半端ではない。私も池上彰氏のように、いつまでも好奇心旺盛でいたい。

 

これまで、何度も挫折してきた、教養。

今年こそは、教養の習慣化。

まずは、スマフォ時間を1日10分の教養の時間に振り替えるところから始めたい。

 

 

次女再び書き初めにトライ

次女(小5)年末、途中で嫌になって投げ出した書き初め。

今日、再トライ。4枚目書いてる途中に嫌になり、泣き出し、2階の自分の部屋へ。

近くで、次女を励ましてくれてた長女(高3)曰く、

「習字うまく書けないのは、本当にイライラするから、仕方ないよ 」

今度は、私を励ましてくれる。

「そんなことくらいで、泣くな!」と怒りそうな私のオーラを察知したのだろう。

長女の方が大人だ。

それにしても、どうして、書き初めを投げ出す次女にこんなにイライラするのだろう。

それは、おそらく、

「自分が不安になるから。」

唯一自分でやると言った冬休みの宿題(書き初め)ができない。

年末、年明けにやると言ったが、それも達成できない。

自分で決めたことができないって致命的では⁈なってしまう。(自分のことは棚に上げて。自分で決めたことができないのは日常茶飯事)

→次女の将来が心配だ

 

ジェーン・スーが、

相手のことを心配しすぎる人に対して、以下のように言っているのを聴いた。

「心配するのは、本当に相手のためなのか、自分の不安を解消するためなのか。自分の不安の解消がメインになっている場合も多い。どちらなのか考えた方がいい」

その通り!次女へのイライラ、心配は自分の不安が原因。

自分の感情を深掘りすることで、冷静になれた。私は不安なんだ。ただそれだけ。次女を怒るような話しじゃない。

子供との関わりで現れる、自分の好ましくない、できれば避けたい感情。深掘り、言語化で乗り越えられるといいな。

今しかできないこと今じゃなくてもできること

今年やりたいことと目標を整理した。

空手(全国大会入賞)

土人形(一通りの技術を体に染み込ませる)

沢登り(メンバーの足を引っ張らず、貢献できるレベルに。)

ピアノ(ストリートピアノで弾けるようなレベルに)

英語(日常会話ができるレベル)

旅行(国内2ヶ所、海外1ヶ所)

 

大好きで、やりたいけれど、見送ったこと。

山登り、ひなびた温泉巡り

見送った理由、今じゃなくても10年後でもできるから。

 

自分の時間とお金を何にどれくらいかけるのか?

本能の赴くままに行動すると時間が不足する見込み。

欲張りすぎると、できないストレスが溜まりそう。

山登り、ひなびた温泉めぐりは、大好きで、やりたいけれど次のステージの楽しみに残しておくと決めた。

 

それにしても、やりたいことをやれて、やらないことを自分で決められる自由と幸せ。

大人って最高。中年って最高。健康って最高。

この日常に感謝。

 

今年は家の中で努めて笑おう

家の中で上機嫌でいることは、なかなか難しい。

それはきっと夫と関係が良くないから。

夫と、極力距離を保ち、接触しないように心がけると自然と私は、ほぼ話をしない人になってしまう。

結果、機嫌が悪いわけではないけれど、子供達からは機嫌の悪い母に見えるよう。

特に次女からは、「機嫌悪くならないで」と言われることもある。

おそらく、朗らかに笑っている母が子供達の理想なのだろう。

私も、本当は、そんな母になれたらいいなと思う。けど、できなかった。そして、できないことを仕方がないと思ってきた。

 

そんな私の状況や心を全て知っていたかのような「御神籤(おみくじ)」の裏に書かれていた「神の教」抜粋

『笑う門には幸来る、ねてもさめてもにこにこと 苦虫を噛みつぶしたような顔、尖った声、それがどれほど自分の心を暗くし、家庭を暗くし、世間を暗くすることか。努めてにこにこと笑いましょう。まず自分の心が明るくなり、やがて家庭も社会も朗らかになる。』

恐ろしいくらい、今の自分に向けられた言葉と感じた。

今年は、夫の関係は一旦置いておいて、努めてにこにこと笑ってみよう。

単純だけど、御神籤の言葉に心を動かされた、今年のお正月。子供達と笑顔で1年を過ごしたい。