長女の家事力

高3(小4〜中3不登校、高1から県外で一人暮らし)長女の家事力。

・自炊率50%(無印のレトルトカレーとパックご飯も自炊に含む)

・使った食器は溜めずに洗う。

私の大学時代よりも随分家事力が高い。

帰省した際も自分で使った食器をすぐに洗う。

それを見た次女(小5)も真似して自分の食器を洗う。

好循環が生まれるといいな。

私には、子供に家事をさせることが得意ではない劣等感があった(人に任せることが苦手。自分でコントロールしたい)

けれど、教育下手な私のような母親であっても環境しだいで子は自然に家事力をつけてくれる場合もある。

と自信をつけさせてくれる長女の家事力。

それにしても、悪気はないのだろうけど、ホームパティーの都度、〇〇(娘の名)が作ったチーズケーキなど自慢してくるママ友、きつかったなー。

自分に子供に料理をさせる能力や工夫がないと見せつけられているようで。

あっ、きっと私は、親は子供に家事ができるよう教育すべきバイアスに取り憑かれていたのだな。

 

何もないことはない

8時開店。8時30分には完売する幻のいちじく。

https://www.grandma-masami.com/

いちじくに目がない私は、毎週のようにせっせと買いに行く。

せっかく遠くに行くのに、いちじくを買うだけではもったいなくって、ついでに走る。

滑川ウォーキングロード

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海外沿いを走るのも気持ちがいい。

「何もない富山県」と富山県民は皆口を揃えて言うのだけれど、

人がいなくて自然がある。贅沢な時間。最高だ。

https://www.city.namerikawa.toyama.jp/material/files/group/23/010577.pdf

 

身勝手で子供を産んだ自信がある

Audible「夏物語 川上未映子

さまざまな、家族、親子、夫婦の関係性、価値観に触れられて共感、反省、感動した。

特に共感、考えされられた言葉。

・望んで生まれてくる子はいない、子供は親の身勝手で生まれてくる。

・子を産むことは、親が生まれることが幸せだと信じているからできる行為。

正に自分のことだと思った。

私は、完全に自分の身勝手で子供を産んだ自信がある。

・産んでみたい好奇心

・世間に一人前と認めてもらいたい欲(若かったため、「子供を産んで一人前」バイアスがあった。)

・現状に飽きた。変化が欲しい。新しい人生のイベントが欲しい。

・そして、生まれることは幸せなことだと信じていた。どころか、疑いすら持っていなかった。

そのため、引きこもりで苦しむ子供達を見ていると、身勝手に産んでしまって申し訳ない後ろめたさがある。

生まれてきてよかった、生きていてよかったと思える日が来るといいなぁ。

そして、身勝手で産んだ思いが強いため、親への感謝の気持ちや、子供に感謝してもらいたい気持ちがない。

論語にも親への感謝の気持ちを説く言葉があるし、一般に親に感謝するのは当たり前だし、それができないのは非常識とされる。

親への感謝の気持ちが湧かない自分は未熟で非常識人間、何か欠陥があるのかもしれないと密かに思っていたけれど、

夏物語を聴き、そのような自分も受け入れて良いのかもしれない気持ちになった。

 

 

勝っても驕らず、負けても腐らず

初心者向け空手の大会に出場した

一般の部は大人になってから空手を始めた方が出場するから、皆上手ではない。

型に、力強さやスピードが足りないと、人の型を評価しながら観ていたのだけれど、

その方々より私の点数は低かった。

 

あー!私はどれだけカッコの悪い型をしているのだろうと思うと辛いし恥ずかしい。

そして、真面目な練習、地道な練習を漫然と繰り返してるだけでは、上達には繋がらないことにも改めて気づく。

暑い中、週4回空手の練習をしているだけで完全に自己満足していた。

練習の品質を重視することなく、汗を流すだけで練習をやった気になっていた。

 

「勝っても驕らず、負けても腐らず。」と始めの挨拶で会長の方が言っていたっけ。

そして、ある道場で見かけた「何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が咲く」を思い出した。

腐ることなく、自分の納得ができる型を目指して、練習を続けたい。

押忍!

 

沢登り(西ノ瀬戸谷)

富山市八尾町の猿超ダムから、日帰り沢登り。

5つの堰堤を超え、倒木地帯を過ぎると、別天地。

1時間以上、連瀑帯など、快適で飽きない沢が続く。

あー、私はやっぱり、滝が好きなのだ。

滝の流れる音を聞きながら、自分の足や手の感覚を研ぎ澄まして、沢を登る。

その、緊張感と心が静まる瞬間も好きだ。

シャワークライミング中、太陽の光に照らされ、キラキラした滝は、あまりに美しくて涙が出そうになる。

帰りは金剛堂山の登山道。

素人and初心者の私を、勇気と責任をもって引率してくれた山岳会の先輩、本当にありがたい。いつか、私も引率側を目指したい。

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アイス食べて寝ろ

上司の思い込みによる勘違いで怒られた。

勘違いに伴う、関係機関への確認業務や、書類確認による時間ロスと、理不尽な怒りを浴びせられた事によるダメージ。

あー、サラリーマン。だからサラリーマン。不毛なことに時間を使うことも、理不尽な怒りに触れるのも給与のうち。

と、自分に言い聞かせる。

しかし、怒りがおさまらない。目の前の業務に全集中、空手に全集中、走ることに全集中。

それでも怒りはおさまらない。

全集中しようとしても、怒りが、ふいっとよぎる。怒りってこんなにも拭い去りにくいものだったとは。

つい、次女(小5)に怒りがおさまらないと愚痴ってしまった。

次女「アイス食べて寝ろ」

確かに。

頭では、怒る相手が可哀想。同じ土俵に乗っちゃいけない。心を傷める自分が損。とは思うけど、心はついていかないものな。

次女の言う通り、今日はアイス食べて寝ようっと。

貢献感を持つための条件

岸見一郎の「貢献感を持つために仕事をする。」

大いに賛同するのだけれど、10年前に母から言われた言葉を思い出した。

「人にために時間を使えることはありがたいことだよ。」

これは、ワンオペ育児真っ只中で、「仕事・家事・子育てで自分の時間が持てない」と不満を漏らした私の言葉への返答だった。

今、思い出しても、正論だけど、ヘトヘトの私にかける言葉ではない。想像力が無さすぎる。

自他ともに認める天然ボケの母。

4人兄弟の末っ子として育ち、洋裁学校卒業後、少し働いたが、父と結婚して専業主婦に。

社会人経験がほぼない。想像できなくて当たり前なのだろうけれど。

「私だって、時間に余裕、心にゆとりがあれば、そりゃぁ人のために時間が使えて幸せって感じられるだろうけど。今は絶対に無理」

と母に言いたかった。

でも、その時は、反論をするエネルギーもなく聞き流した。

 

10年前の母とのやりとりから、貢献感を持つためには、余裕のある環境が必須だと感じる。

子育て中の方、貢献感が持てないのは自分のせいではない。余裕がない環境のせいです。

そして、子育てが落ちつき、時間と心にゆとりができた今、「家事で家族に貢献できて幸せ〜」と感じているか?

「否」油断すると「私ばっかり病」が発症する。

まだまだ、貢献感を持つための訓練が必要な自分です。