内部感覚を研ぎ澄ます

Audible『救う力 吉岡秀人』を聴いた。

吉岡秀人はジャパンハートを設立した医師。

https://www.japanheart.org/about/yoshiokahideto/

国際協力に憧れる身としては、納得、共感、感動する言葉に多く出会えた。

中でも、最も共感した言葉

『内部感覚を研ぎ澄ます』

手術中の咄嗟の判断を誤らないために、自分の精度を高めておくために、吉岡氏は断食をするなど、内部感覚を研ぎ澄ます工夫をしているとのこと。過去の武道の経験も影響しているとあった。

『そう!私も内部感覚を研ぎ澄ませたいのだよっ!!』と思った。

だから、空手、わらじで山を走る、瞑想をしてしまうのだよと思った。

吉岡氏のように人の命を左右するような仕事をしているわけではない。

けれど、不登校の子どもたちと過ごす私には、動揺しない安定感、後悔しない言葉の選択、穏やかに待ち続けるエネルギーを維持するために、内部感覚や感性を研ぎ澄ませたい欲求があったことに気がついた。

内部感覚を研ぎ澄まし、スッキリ、清々しい自分を維持したい。自分を嫌いにならないために。

石仏パラダイス 立山寺、櫛形山

富山県上市町で空手の試合後、夕飯の準備時間までやや時間があり、衝動的に訪れた。

早足〜小走りであれば、30分あれば、立山寺、櫛型山、十分に両方歩ける。

石仏と新緑の癒しを享受することができた。

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櫛型山の石仏

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櫛形山、新緑が気持ち良い

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立山寺の石仏

調べると、いずれも、上市町森林セラピーロードとして掲載されていた。

上市町、やっぱり大好きだ。

http://kami1tabi.net/shinrin/road.html

土井善晴ファンになる。

Amazon prime videoで「情熱大陸 土井善晴」を見た。

「一汁一菜でよいという提案」が数年前に話題になっていた。その時は、粗食のススメ的な本かと思い、手を出さなかったのだけど、読みたくなった。

情熱大陸を見て、心に残ったこと。

「一汁一菜・・」は決して時短料理本、粗食のススメ本ではない。哲学本。

料理に苦しむ人を救済する本。

家庭料理は、均一ではないからおもしろい。

料理を作るときに美味しくしようと考えてはいけない。結果として美味しくなる。

適当に、よい加減に料理することは悪いことではない。自分で考えることができるようになる。

料理を作ることはクリエイティブで楽しいこと。

料理は、あたたかくて、深くて、楽しい。

 

つい、やっつけ仕事になりがちな日々の料理。頭で考えることをやめ、分量通りに食材と調味料を入れ、全自動調理器のスイッチオン。

土井善晴が楽しそうに料理する姿を見ていると、もしかして、日々の楽しみを自ら手放しているのかもしれない気持ちになった。

明日から、適当な味噌汁を作るとことから始めてみたい。

 

 

 

 

チェスのためにチェスをすることを許さない社会

  • 一時期、ギターにハマっていた次女。

今は、全く弾いていない。その理由を尋ねると、

「パパに教室に習いに行った方がいいと言われて、ギターを弾く気分が萎えた」

とのこと。すぐに形にしたがる夫。夫の気持ちも次女の気持ちも分からないではないのだけれど。

 

Audible 知の探求 「この人と60分」自由は目的を超える 國分功一郎

の言葉にハッとさせられた。

・チェスのためにチェスをすることを許さない社会

・何もかもが、何らかの目的のために行われていて、何かの目的のために行動することが当たり前になっている社会

・必ず何かのために役に立たなければいけないと思ってしまう。

・目的からはみ出る行為を自分に許せない。

 

ただ、ギターを楽しんでいる次女を、人と交わる目的ための手段にしようとした夫。

息苦しいな。そして、それを敏感に察知した感受性の高い次女。

夫のことをディスってしまったけれど、

自分にも思い当たる事がある。

漢字にハマっていた頃に、漢字検定を受ければ?とアドバイスをした。

今思うと、成功体験(失敗体験)を積んで欲しいという目的があったのだと思う。

それが、きっかけか、次女は漢字も今はしていない。

目的からはみだす行為を排除しようとしていないか?

何でもかんでも目的達成のための手段にしようとしていないか?

目的からはみだす行為を寛容に受け入れ楽しめているか?

自分自身を点検し、子供達には伸び伸びと育って欲しいなと思う。

 

 

わが家の動物園シーズン終了

毎日、晴れた天気が続く。

冬の間、次女と毎週のように通った動物園。

行楽シーズンの今は、人がいっぱいだ。

こうなると、人が多いのが苦手&学校の人に会ってしまうかもしれない不安から次女はもう動物園には行けない。

それにしても、雪だろうが、雨だろうが、風だろうが、1時間程度歩けるようになった体力が嬉しい。

そして、吹雪の中、ガチ動物好きなコア客しかいないスッスカの動物園。

馬ややぎに、次女のペースでにんじんをあげられる貸切りの餌やりスペース。

自分1人では、絶対にできなかった貴重な経験。なかなかよかったなと思う。

苦手なことがあるからこそできる貴重な経験。

次女のやりたいことに付き合える幸せ。

動物園がシーズンオフとなった今、次は何をしようか。

つい、山、滝など、自分の趣味に走りそうになるのをグッとこらえて、次女が何か言い出すのを気長に待とう。

大好きな場所

私の大好きスポット 富山県上市町大岩

http://kami1tabi.net/ooiwa/spot/

 

なぜ好きか

・川の流れる音を聴きながら走れる

・苔むした岩がかっこいい

・お地蔵さまがたくさんおられる

 

涼を求めて夏に行くことが多かったけど、

今の時期もよかった。

千巌渓の水量が多くて迫力がある。

苔も輝いて見える。

おおかみこどもの雨と雪」の舞台となった「花の家」まで走る。

おおよそ2km。走るあいだ中、水の流れる音が聴ける。

小トリップにちょうどいい。

雪が解け、アウトドアシーズン到来。

自分の大好きな場所、開拓していきたいな。

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愛おしいピアノ

最近は、音の伸びるペダルを踏みながらピアノ曲を練習中。

頭がこんがらがって、全然上手く弾けないのだけれど・・。

先日のピアノレッスン

先生が「ペダルを踏んだ後力を抜いてみてください。」

と言われたので、意識して力を抜いてみた。

「響き」がカッチカチに力が入っていた時と全然違う。

近くで響いている感じがする。

先生曰く、力を抜くとピアノと人の共鳴の仕方が違ってくるとのこと。

これは、ピアノに限らずバイオリンも同じ。

演奏者の力の入り具合が響き方に影響するとのこと。

こちらの状況に反応して、響き方を変えるだなんて、ピアノ(楽器)って何て愛おしのだろうと思った。

そして、共鳴があるから、ピアノを弾くことがこんなにも気持ちが良いのだと気づいた。

ピアノの先生や親に怒られながらピアノの練習をしていた小学生の頃は、全く気づくことのできなかった喜び。

喜びや味わいへの感受性が小学生の頃より高まっている。

大人の余裕と言うものか。年をとるのも悪くない。

それにしても、「力を抜くこと」ここでも大事だったとは!

空手、ランニング、水泳、万事、力を抜くことが大事と実感しているのだけれど、ピアノもそこが大事だったとは。

力を抜くことを極められれば、達人・仙人レベルに到達できるのだろうなぁ。改めて、感じた出来事でした。