勇者の魂

悲しみの秘儀 若松英輔

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167914141

以前から気になっていた本。表紙は沖潤子さんの刺繍。Audibleで聴いた。

やさしく、温かい本だった。

「悲しみは忌むべき対象ではない。」

本全体で名著や古典の引用や実際のエピソードを通じてそのメッセージが語られていた。

いくつか自分に刺さった言葉。

・悲しみを背負って歩くものに勇者の魂が宿っている。

・悲しみには美が宿る。苦境にあっても日々を懸命に生きるものが放つ光のような美

・人生には悲しみを通じてしか空かない扉がある。

・悲しむものは新しい生の幕開けに立ち会っているのかもしれない。

・悲しみは勇気と希望の証

子供が不登校となり、言葉にはできないのだけど悲しみが訪れることがある。

その悲しみについて深く考えたことはなかったのだけれど、この本を聴き、訪れる悲しみを温かく向かい入れたい気持ちになった。

自分の胸の中に勇者の魂が宿ることをイメージしてみる。何だか元気が出てくる。

パンクな刺繍

金沢の国立工芸館で開催されていた心象工芸展で沖潤子の作品を見てきた。パンクな刺繍。

以下、沖潤子の作品。

https://kosakukanechika.com/artist/junko_oki/

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ちょっと不気味だけど、嫌な感じはしない。

なんだか懐かしい。

自然の中にいるような、ジブリの世界。

布がひっそりと生きているような。

静かだけど力強い。

私が沖潤子の作品に惹かれるのは、律儀でちゃんとした表向きの自分から解放されて、自由になりたい欲があるからなのかもしれない。

会期ギリギリ、見れてよかった。

こだわりすぎないこだわり

お菓子作りが好きだ。

特に寒い季節になると無性に焼き菓子が作りたくなる。

最近の私のお菓子作りのこだわりは、クソ真面目だけど以下の2点。

①米どころ富山。米の消費拡大に貢献したい→米粉を使う

地産地消に貢献したい→地元の野菜や果物を使う。

おいしくなるならバターも卵も使いたい。

子供が小さい頃、長女の卵アレルギーもあったため、ストイック過ぎるおやつを作り子供達を焼き菓子嫌いにさせてしまった過去がある。

この、こだわりすぎないこだわりにフィットする本に出会った。

「やさしい米粉のおやつ 創房優」

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784635450805

岐阜県にお店もあるらしい。いつか行ってみたいな。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/fba93f13b3a40e49964a2355e162d526370913f3

ちょうど、いただいた「ゆず」があったのでゆずジンジャークッキーを作った。レシピには「ジンジャーパウダー小1/3」そんな特殊なものはわが家にない。

チューブの生姜を適当に混ぜた。問題ない。

こだわりすぎないこだわりが私流。

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何も咲かない寒い日は

「何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ

やがて大きな花が咲く」

いい言葉だと思った。

今日、空手の昇段審査をした武道館にこの書があった。

ラソン高橋尚子さんが座右の銘にしていて広く知られている言葉。以下関連記事。

https://www.php.co.jp/php/topics/article-35347.php

不登校の子供達にも当てはまる気がした。

家に引きこもる長男(中1)、次女(小4)。

何もしてないように見えるけれど、根を伸ばしている最中なのかもしれない。

そう考えることで、焦る気持ちから解放されて、少し楽になれる気がする。

小4〜中3の6年間不登校で無気力に見えた長女(高2)は今はやる気に満ちている。アルバイト、海外留学、英検2級取得。根を伸ばした結果なのだろう。

焦らず、長男、次女を見守りたい。いつか、花が咲く時が来るだろう。

私は今日、初段を取得し黒帯になった。

空手を始めて3年7ヶ月。

花が咲きました。

解夏(げげ)

一緒に走っているブラインドランナーは、自分の目の病気をなかなか受け入れられず、同じ病気をもつ主人公が登場する本をよく読んだという。

その中の一冊が「解夏(げげ)さだまさし

私も読んでみた。病気のことはほとんど話さず、いつも明るい彼女。

病気の名はチューベッド病。難病だった。

https://www.nanbyou.or.jp/entry/187

本の中では、目が見えなくなる恐怖と戦う主人公が描かれていた。目が見えなくなると、その他のチューベッド病の症状から解放される病気とのこと。

いつも明るい彼女も、目が見えなくなる恐怖と戦っているのだろう。私には想像することすらできない。

子供の不登校だけで、悲劇のヒロイン気取りだものな。

世の中には私には想像することもできない苦しみがたくさんあるのだろうな。当たり前だけれど。

色々なことを知れば知るほど、言葉に慎重になり、私はどんどん無口になってゆく。

明日も彼女と走る予定。さあ、何話そう。

無理して話さなくてもいいのかも。

飛騨街道100年プロジェクト

古道に興味がある。と言いながら、優先度が低いため、ほとんど行ったことがなかったけれど、旧飛騨街道歩行会に参加した。

飛騨街道100年プロジェクトの一貫。

昨年からやっているようで、以下は昨年の記事。

https://webun.jp/articles/-/501692

赤座先生から、飛騨街道の歴史や見どころの説明を受けた後、出発。

2億年前の石

大きい石と小さい石が混ざる

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比丘尼邸跡(びくにやしきあと)

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江戸の人たちが牛と一緒に通りえぐれて道となった。

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紅葉も美しい

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過去の地球、江戸時代の人たちに思いをはせ、しばしタイムスリップした気分。

自分の一生なんて、地球からしたら一瞬のことなのだろうな。

その一瞬をできれば、納得できるものにできるといいな。

 

 

 

行動や気持ちは自分で選べる

月1回ブラインドランナーの練習会に参加して伴走をしている。その日によって伴走する相手が違う。

今日は76歳の全盲の男性。

周りへの感謝の言葉を忘れないこの男性、自分は本当に幸せだと言う。

64歳から走り始めて、2回フルマラソンを完走した。死ぬまでに、もう一度フルマラソンを完走したいと、毎日、100回のスクワットをしているという。

「耳の調子が悪くて、最近塞ぎ込んでいたけれど、走っていると気持ちが晴れて来ました。」

と嬉しそうに話すその男性を伴走していると、目が見えない=不自由かもしれない。

けれど不幸ではない。

どんな状況であろうとも、行動や気持ちは自分で選べる。という当たり前のことが腑に落ちた。

子が不登校で引きこもりであること=不自由でも不幸でもない。

そして、私にも何をして、どんな気持ちになりたいか選べる自由がある。幸せだ。