葛藤を抱えていてもいい

瀬尾新(はじめ)回顧展へ行ってきた。

私の漆器のイメージを覆えす。

無骨かつ美しい。力強いけど繊細。 

一見、陶器のようなので、持ってみるとその軽さに不意打ちを食う。

http://www.milestone-art.com/htm/2009seo.html

新さんの息子さんから話を聞いた。

父(瀬尾新)は、11人兄弟の末っ子で、祖父の後を継ぎ「漆道」の世界に入ったとのこと。祖父のような斬新な漆器を作ることはできず、自分なりの作風を作り上げたが、祖父と自分を比較し、50年間葛藤し続けていたとのこと。

へぇ。自信満々に作っていた作品ではないのだと思った。

そして、心細く、不安を抱え、これでいいのかと葛藤しながら作った作品と思うと、余計に作品が愛おしく感じた。

ネガティブな感情を抱えながらも、良い仕事ができる。もしかしたら、ネガティブな感情があったからこそ良い仕事ができたのかもとも思う。

自分に置き換えてみる。

子供の不登校をきっかけに、自分はこれで良いのかの問いと葛藤、不安や心細さといったネガティブな感情はつきまとうようになった。

それでも、瀬尾新のように、自分にできることを丁寧に積み上げる。目の前の自分のできることに集中する。

それでいい。

海外旅行へ行きたい

パスポートをとった。

海外旅行に行く予定があるわけではない。

未成年の長女が海外留学するので、有効期限が有効な親のパスポートが必要と学校から言われたからだ。

パスポート、ワクワクする。

自分が海外旅行好きだったことを思い出した。

最後の海外旅行は、20年近く前の新婚旅行。

その後は、仕事、家事、ワンオペ育児に追われて、海外旅行をするという発想すら浮かばなかった。

大学の頃、何回か海外へ1人で行った。

海外は私にとって、何もかもが新鮮で刺激的だった。今でも、そのワクワクした気持ちを思い出すことができる。

あー、母、妻、サラリーマン、全ての役割から解放されて旅に出たい。

20年近く、自分の好きだった海外旅行も忘れて、必死に毎日を生きてきた自分へのご褒美に、そろそろ、海外旅行へ行ってもいいような気がしてきた。

不登校の子供達よ、母は海外旅行が好きなのだよ。自由に生きる母を許してください。

楽しいは自分で見つける

ブラインドマラソン教室に参加した。

視覚障害の方の伴走ボランティアをしたいと思ったからだ。

昨年、目標のサブフォーを達成してから、何のために走るかわからなくなっていた。

さらに、高い目標を掲げることもできるのかもしれないけれど、私はそこまで走ることが好きではない。

ただ、トレイルを野生に帰って小動物になった気持ちで駆け回ることは大好きなので、それなりに体力はある。

そんな時、知り合いから、伴走者が不足していて走りたくても走れない視覚障害の方がいると聞いた。

自分ができることで、誰かの役に立てるかもと思った。

実際にやってみるとなかなか難しい。1mの紐を輪にし、お互いにその紐を持って走る。手のふりを合わせるために、足は2人3脚のような動かし方となる。歩調、歩幅を合わせないと、いつの間にか、手の振りが合わなくなっている。

そんな時はまず、足から合わせると良いとアドバイスをいただきながら、何とか終了。

一緒に走った方は、卓球もしておられるとのこと。目が見えないのにどうやるのですか?と聞くと、球の中に小さい鈴が入っていて、その音を頼りに球の動きを察知するとのこと。

サウンドテーブルテニス」という競技らしい。

昨年は全国大会にも出場されたとのことで、とても楽しそう。

鶴瓶さんが、何かの雑誌で書いていた言葉

「「楽しい」は自分がちゃんとしていないと見つけられない。誰かが楽しくしてくれるわけではない。「楽しい」は自分でみつける!」

うる覚え

いかなる状況でも、「楽しい」を自分で見つけている姿勢見習いたいなと思った。

そして、「楽しい」のツボの探し上手になれるようちゃんと自分の感情を観察していきたいなと思った。

 

これでいいのだ!

私はケチなので、不登校の子供達が学校の様々な無料の健康診断を受けられないことは本当に残念だと思う。

先日、小学校に次女の配布物を取りに行った。(不定期に学校から呼び出しがある。)

中には、尿検査の容器が入っていた。

運動を全くしていない次女の健康状態も正直とても心配だ。

けれどもである。

尿検査をして、それを学校に持っていくエネルギーを考えるとハードルが高すぎる。

①まず、次女は起きる時間が遅いので、尿検査するときは叩き起こさなければいけない。

②そして、朝9時まで学校に届けるとなると、元気な生徒たちを見ることになるかもしれない。

疲れ果てる自分が容易に想像つく。

長女の不登校開始が8年前、不登校児の親歴はベテラン級だけど、今だに、学校に元気に通う子供達を見ることは胸がざわつき、エネルギーが吸い取られる気がする。

というわけで、尿検査は諦めることに決めた。

「子供の健康管理」という親の義務を放棄している後ろめたさはあるけれど、予防接種同様、できる時がきたらやればいい。

https://warajirun.com/entry/2024/03/26/074755

空手へ行く元気はあるのに、子供の尿検査をするエネルギーはないのか?

の問いはあるけれど、

「これでいいのだ!」バカボンのパパになったつもりで心の中でつぶやいてみる。

不登校児の母のメリット

油断すると、子供達3人皆が不登校で、自分のことを悲劇のヒロインと勘違いしてしまいがちなのだけど。

メリットもあることに気がついた。

それは、朝ごはんを1人静かに食べられること。

以前は、家族そろってご飯を食べることが大切と思っていたので、皆で朝食を食べていた。

今は、長女:県外。長男:咀嚼音が気になり自分の部屋。次女:起床は8時ころ(出社後)。で家族で朝食を食べることができなくなった。

皆で朝食を食べられなくなって気づいたこと。

私は家族の朝食の準備、および皆で朝食を食べることが負担兼、ストレスだった。

最近、長男同様、私も咀嚼音が苦手だったと気がついた。

特に夫がキムチを咀嚼する音は苦手だ。

今は、夫が起きてくる前に子供達の食事を準備し(いつ食べるかは不明)、私も朝食を済ませてしまう。

1人静かに食べる朝食は、本当に幸せを感じる。

『ご飯は家族一緒に』の呪縛は何だったのだろう。もう、家族でご飯を食べる生活には戻れない。

夫の朝食を作ることも、自分のリソースを割く意味がわからないのでやめた。

「朝ごはんを1人で食べられる。」不登校児の母のメリットとして認定したい。

 

登校すくみ

中学に入学した長男

入学式+2日間は学校に行けたけど、もう行ける見込みは薄い。

学校に給食費を止める手続きをしてきた。

先生から、登校中の長男の様子が伝えられた。

環境委員会に立候補していたとのこと。

長男は、中学入学を機に小学校で不登校になった自分をリセットして生まれ変わりたかったのだろうな。

がんばりたい気持ちはあったけどできなかったのだろうな。

悔しかったろうに。

辛かったろうに。

傷ついただろうに。

と想像すると切ない。

4月は、「来週から行く、明日から行く」と言っては、「朝になると行けない」を繰り返していた。そして、ついには布団から出られなくなった。

不登校新聞で「登校すくみ」という言葉に出会った。

しゃべろうとしても、声が出せなくなる、吃音のように、身体に意思と無関係のことが起こり登校できないのが登校すくみとのこと。
長男は正にこれだな。学校に行きたい意思は十分にある。けど、身体が動かない。

長男の症状に当てはまる言葉が見つかったからといって何か変わるわけではないけれど、「行きたくても行けない」が確認できたのは、本人にとっても私にとってもよかったのではないかと思う。

で、どうするか。それが課題。

まずは、4月、エネルギーを使い果たした長男と私。しばらくは動き出せるエネルギーが溜まるまでのんきに、のんびり過ごしたい。

 

 

今が1番楽しい。だって余生だから。

新採君との車での会話

「大学生の時が1番楽しかった。戻りたいです。◯◯さん(私の名前)はいつが1番楽しかったですか?」

私「今かな」

10代、20代、30代には戻りたくない。

ブログには、愚痴や悪口ばかり書いているけれど40代の今が1番楽しい。

大学の時は就職のこと、就職してからは結婚のこと。自分の将来の事を心配してその時々を楽しめなかったように思う。

世間一般に当たり前とされているライフイベントをこなすことが義務だと思っていた。

義務を遂行できるまでは、気持ちが落ち着かなかった。

今は、遂行すべきと思い込んでいたライフイベントは終了した。やりきった。自由だ。もう義務から解放された。後は余生だ。と気持ちが軽い。

もちろん、引きこもりの子供達の未来は心配だけれど、自分のことではない。こちらができることには限界があるので、前向きにあきらめることもできる。(できなくて落ち込むことも多いけど)

先日、空手の試合で、負けた。

落ち込みから回復するために聴いたAudible『達人のサイエンス ジョージ・レナード』

ジョージ・レナードは合気道5段

この本によると、達人とは、

プラトー(成長の停滞期)を楽しめる人

永遠の初心者

生涯学び続ける人

とのこと。

残りの余生、空手はもちろんのこと、どんな状況でも生活・日常を楽しめる達人になれたらいいなと思う。