長男の変化

小4から不登校で現在小6の長男。

数ヶ月前から、月に数回外出するようになった。

今度は、「Ipadを見る時間を減らしたい。」とのこと。

不登校後、起きている時間のほとんどはIpadをしていた。

「本人にとって、それが楽なのであればそれでいい。」と思い、特に咎めもしなかった。

さて、私に何かできることはあるかな。我慢せずにIpadから離れるには・・。

ジグソーパズルを提案してみた。

「やってみる。」とのこと。

色々な絵のパズルを提案したけど、「何でもいい」とのこと。

自分の好きなパズルを選んだ方が楽しいのではと思ったけどお節介だったようだ。

自分の好みがわからないのか、興味がないのか、恥ずかしいのか理由はわからない。

ならば、とことん私の趣味で。

1つ目:100ピースのゴッホ「星月夜」

あっという間に仕上がったので、

2つ目:300ピースのムンク「叫び」

昔の私だったら、勉強や運動を強要していただろうな。

パズルが何の役に立つかはわからないけど、意味なんかなくていい。長男が、夢中になれて楽しめるものが何か見つかればいい。むしろ、見つからなくてもいいから、その時々、苦痛なく過ごせたらいい。

長男が笑顔で過ごせる日を夢見つつ。

次は、どのパズルを買おうとワクワクする母でした。

置かれた場所で咲けなくてもいい

私の職場では年1回、仕事の成果を上げた職員が、皆の前でその成果を発表する行事がある。

発表者の中にA君の姿があった。

A君は前の部署で、仕事が合わず仕事に出てこられなくなり、長期休暇をとっていた。その後他部署へ異動した。

A君の発表は素晴らしかった。発表の内容も素晴らしいのだけれど、何より、A君が生き生きと楽しみながら仕事に取組んできたことが伝わってきた。

人それぞれに輝ける場所がある。今の仕事はA君に合っていたのだろう。

そして、わが家の不登校の子供達を思った。

学校には行けないけれど、A君のように合う場所、合う環境があるのだろうな。今はまだ見つからないけれど。

随分前に「置かれた場所で咲きなさい」という本が流行っていたけれど、置かれた場所で咲けなくてもいい。人それぞれに合う場所はきっとあると勇気をもらえた出来事だった。

 

長男との山散歩

週末1人で走っている山を今日は長男と歩いた。長男は小4から引きこもりで現在小6。

数ヶ月前から少しずつ外に出るようになっていた。今回も、外で体を動かしたいとのことで。

長男のために何かしたくても、できる事がわからなかったから、自分からやりたい事を言ってくれるのは嬉しい。

昨日降った雪がキラキラと輝いていて美しい。

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引きこもりになってから、長男はほとんど話さなくなった。

歩いている間、長男との話題が見つからない。

何を話してよいか分からない。

2人黙々と歩く。

時々、それ違うトレイルランナーと挨拶を交わしながら。

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引きこもりになる前、何を話していたっけ。

それも思い出せない。

一生懸命話す幼い長男の姿は思い出せるのだけど、長男の話を聞いてあげた記憶がない。

そして長男はいつの間にか言葉を失ってしまった。過ぎた時を後悔しても仕方がない。

とりあえず、今日は、長男のために時間を使うことができ、タイミング良く綺麗な景色を見られて幸せだった。長男が、楽しかったか、気まずかったかは分からない。

そして、これから私ができることは、長男の求めに対応できるよう自分の心と体のコンディションを常に整えておくことかなと思った。

 

 

笑い話になる日を待つ不幸話

高齢の方に、人生の思い出を尋ねると、たいてい、苦労話を笑い話として生き生きと楽しそうに話されるそうだ。確かにそうかもしれないと思う。

7年前、長女が不登校になったが、その1年前に私は4人目の子供を流産していた。

長女が不登校になった後、

夫「水子の祟りだと思う。お祓いに行った方がいい」と言い出した。

私「お祓いしたければ1人で行って。私は日常に精一杯でそれどころではないから」

長女不登校後も、夫は残業の日々。私は、3人の子のワンオペ育児をしていた。

夫に心を閉ざすきっかけとなった出来事。

今となっては「そんね事あるわけないでしょっ」と笑って言える余裕があったらよかったと思う。

その話題は既に暗黙の了解のタブーとして一度も話題に上がったことはないけれど、夫への不信感として心にひっかかったまま7年たった今でも残っている。

ただ、ようやく、思い出しても怒りの感情が湧き上がってこなくなってきた。

時間の経過の力はすごい。時間の経過で心が浄化されていくことをイメージする。

いずれ笑い話になる日を夢見て。

フランスの電車のようにおおらかになりたい

昨年4月から県外の通信制高校に通う長女。

年末から帰省し、地震も心配なので今も帰省中。

昨日、昼に家に帰ると

長女;「寝坊して、バスに乗り遅れたから駅まで車で送って欲しい」

私;「1時までに職場に戻らないといけないから今すぐなら送れるよ」

長女:「今すぐは無理。準備に時間がかかる」

私:「仕事、休めってこと!?」

と語気が強くなってしまった・・。

私の怒りスイッチがオンになった理由を考えてみた。

①彼女の寝坊の皺寄せで、なぜ私が急に予定を変更しなければいけないのか理不尽と感じたから。

②子供の寝坊を理由に仕事を休む自分が嫌だ。社会的におかしい気がする。

フランスの電車は時間通りに来なくて適当。その代わり、乗り遅れた人を待っていてあげたりとおおらかで寛容という話を聞いたことがある。ある程度、適当な社会の方が色々なものを受け入れることができて幸福度が高いとも聞いたことがある。

クソ真面目に育ってきた自分にとって、適当にすることは簡単なことではないけれど、フランスの電車のようにおおらかで、しなやかで、寛容になれたらいいなと思う。

 

安静にできない病

1ヶ月前、ストレッチ中に「パツッ」と音がして左腿裏の筋が切れた。

ストレッチで損傷すること自体、おばさんみたいで(40過ぎのおばさんだから仕方がないとも思う)ショックだったけど、なかなか治らないこともショックだ。

治らない理由は明らかで「安静にできないから」一日一万歩やランニングがやめられない。

足が痛くても無理してやってしまう。

体に良いとされる習慣を手放す勇気と覚悟がない。体力が後退することへの恐怖がある。

良いとされる習慣を手放す自分を受容できるかどうかも不安だ。

安静にできないのは、向上していない自分を受容できない病と気づいた。何だか、ナルシストっぽいし、息苦しい。

おおげさだけど、どんな自分も受け入れる勇気と覚悟をもって、安静にしたいなと思った。

 

 

籾山タカオに憧れて

地震の余震があるので、自主的に外出自粛。

インスタを見ていたら、スウェーデンで武道、刺し子、蕎麦栽培、蕎麦打ちをする日本人に出会った。

以下、籾山タカオ。

https://madamefigaro.jp/series/yukai/230330-sashiko-boro.html

何だか好きな感じ。

作品は、かちっとしてなくて、気ままで自由な感じ。

ものを大切にする精神も好き。

探し物が見つからないストレスから解放されたくて断捨離精神を身につけてはみたものの、私には、生まれながらにもったいない精神が染みついている。

無性に何か縫いたくなった。

「あっ!手袋」

穴の空いた手袋を思い出し、刺繍糸で縫ってみた。

玉留めすらまともにできないけれど、縫っている間は、それだけに集中できて、いい時間かも。

籾山タカオにも失礼だけど、自己満足の手袋が以下。

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